アイルトン・セナ 〜音速の彼方へ

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配給会社:東宝東和
公開年月:2010年10月8日 
視聴方法:Amazonプライムビデオ

かつてのF1の名ドライバー、アイルトン・セナの生誕50年を記念して、慈善団体である「アイルトン・セナ財団」の公認を得て製作された。
セナの誕生からレーサーとしてのデビュー、F1で3度のワールドチャンピオンに輝くも1994年のサンマリノグランプリにおいて事故死するまでの彼の生涯を、肉親・関係者の証言や秘蔵映像などで振り返る初ドキュメンタリー映画

1988年から1990年頃まで私もF1は好きでよく観ていました。特に自動車に興味があった訳ではないのだが、バブル景気と相まってフワフワとした高揚感が世間には漂っており巨額の金が投入された派手な自動車ショーはなんだか楽しかった。また、この当時のマクラーレン・ホンダはセナとプロスト両雄が並び立ち圧倒的な強さで、日本人はホンダエンジンのパフォーマンスを誇りに思い、欧州有利のF1界でブラジル人のセナが活躍することに溜飲を下げていた。しかし、バブルは終焉しホンダがF1から撤退してからはほとんど興味がなくなり、1994年のセナの死も昼間のニュースで知ったのであった。

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ドキュメンタリーなのでプロストとの確執や事故のシーンが生々しく、華やかなF1の裏には茫漠とした闇が潜んでいるようですね。セナも結局は政治に振り回され、政治に抗いもがいていたら不運が彼を襲い召されてしまった訳ですね。もしプロストと別のチームだったら、もしホンダが撤退していなかったら、もしウィリアムズ以外のチームに移籍していれば、もしウィリアムズの電子サスペンションが禁止されていなければ等、映画を観終わった後は考え込んでしまった。

1994年第3戦サンマリノGPのイモラサーキットで時速320Kmでコントロールを失いコンクリート壁に激突、砕けた部品の一部がヘルメットを貫通し脳に致命傷を負い死亡。体は骨折はもちろん打撲も無い状態だったと言う、吹き飛んだ部品が10cmずれていればセナは死なずに済んだのである。さらにコントロールを失った原因が車体の異常なのかドライヴィングミスなのか解明されておらず、謎のままなのである。

おしまい