平成30年のペッ●ィン●問題

2018/04/03 22:40追記
昨晩「平成30年のペッ●ィン●問題」を深夜に酔っぱらった勢いでアップしてしまったが、あまりに表現が下劣で品格に欠けると当ブログ校閲部から指摘があり、いったん取り下げた。不適切な部分は●に置き換え、校閲の許可がでたので再アップ。

本日(4/2)は仙台の大学の同窓生でフリスビー同好会のメンバーであった、K氏、H氏と俺で飲み会@新橋。K氏とは1回/年ほど渋谷の隠れ家で会っているので、あ~どーも的な感じだが、H氏とは大学卒業以来34年ぶり位ですかね、いや~懐かしいです。この3人に地元の役場で課長をしているS氏を加えた4人は大学時代、それぞれのファンクラブがある程モテてましたね。時代は1979年~1983年でバブルを間近に控え高揚感が漂っていた。地元仙台の「トニーワン」や「ロフティー」「ヘミングウエー」などのカフェバーはとてもオシャレで当時、東京を超えていると評判だった。そこで我々はアイゾットラコステのポロシャツにボトムはリーバイス646、足元はクラークスのワラビーブーツと当時の制服を身にまとい、カフェバーのカウンターでスプリッツァー(白ワインの炭酸割り)やギムレットを舐めながら女子を待つわけですよ。映画館では「ビッグウェンズデー」や「さらば青春の光」が上映されているイイ時代でした。

K氏とH氏も30数年ぶりなので最初は少しぎこちなかったが酒がまわれば饒舌になります。近況報告としてH氏は都内にバレースタジオを経営するアーチストにして経営者、映画で俳優の振り付けも担当したらしい。K氏は1部上場大手保険代理店のファイナンシャルプランナー。俺は1部上場メーカーのマーケティング会社社員。まぁ~それぞれ、それなりに活躍しているようですね。酒がまわるほど、昭和のオヤジらしく話題はセクシャルバイオレットNo1に。

イメージ 1

大学時代、K氏がH氏のアパートに○○ちゃんを連れ込んで●ッ●と言えば、H氏は大会で知り合った●●の□□ちゃんと●ッ●と告白。負けずに俺も△△ちゃんと●ッ●し、☆☆ちゃんとはペッ●ィン●までは逝ったと告白する。するとH氏も同じ☆☆ちゃんとペッ●ィン●しており俺とH氏はペッ●ィン●兄弟と発覚。いゃ~マジっすか?還暦前に知る新事実は新鮮ですね。ここで話題は平成30年のペッ●ィン●事情に移る。最近ペッ●ィン●ってあまり聴かないですよね?1980年代初頭はキスが「A」ペッ●ィン●が「B」セッ●スが「C」と明確にボーダーラインがあり、A→B→Cと手順を踏むのが常識であった。「A」からいきなり「C」はまず考えられなかったですね。また「C」の前段階の愛撫は「B」の範疇外であり「B」は指で弄る(まさ●る)までに留める強靭な精神力が必要であった。その「B」を2~3回繰り返した後、晴れて「C」への扉が開くのである。なので当時の男子トークにペッ●ィン●は頻繁に登場するワードであったが、平成30年現在、ペッ●ィン●はオワコンなのか?男子が草食系と揶揄され久しいが、マジョリティーたる草食系が「A」も経験しない間にマイノリティーの「肉食系」が「A」から「B」を省き「C」に及ぶ中抜きが頻発、その結果ペッ●ィン●と言う儀式と言葉(ワード)が衰退し忘れ去られたのではないかとの結論に。うん、おそらく間違っていないと全員納得しお開きに。

おしまい